兵庫県神崎郡市川町、田中(たなか)。
市川のほとり、田んぼのまんなかに生まれた村。
名前がそのまま、村のなりたちを語ります。
「田中」は、日本でいちばんありふれた名のひとつかもしれません。その意味は、読んで字のごとく「田の中」——水田のひろがるまんなかに開けた集落を指すことばです。この村の名も、それ以上の謎解きを必要としません。田んぼの中の村だから、田中。これほど正直な名前も、そうはありません。
江戸のころ、この村は神西郡に属する田中村でした。市川の流れに沿って田を開き、米をつくる。名前のとおりの暮らしが、ここで続いていました。
明治22年(1889年)、町村制の施行により、田中は澤・美佐・鶴居・神崎・小室の五つの村とともに合併し、鶴居村の大字となりました。明治29年(1896年)には神東郡と神西郡が合わさって神崎郡が成立。村の暮らしは、鶴居村の一部として続いていきます。
村には曹洞宗の護生寺があります。里山の緑を背に、目の前には田園がひろがる——村の名のとおりの景色の中に建つお寺です。
昭和30年(1955年)7月、鶴居村は甘地村・川辺村・瀬加村と合併して市川町となり、田中はその大字として現在に続いています。ちなみに市川町には「西田中」という別の大字もありますが、旧鶴居村に属したのはこちらの田中。むかしもいまも、実りの野のまんなかにある村です。